漫画のシャカリキをチームメイトに借りて読んでいたら

コミックの9巻にこんな場面があった。


テルがレース中に落車に巻き込まれて転倒し足を骨折してしまう。

当然の事ながら

自転車に乗ることはできず

足はギブスでガチガチに固められ歩く事すらままならない。


しかしまだ鍛えていなかった上半身を

足が使えない間に鍛えることにし

ベットの上で筋トレを始めた。


そして見事な上半身を作り上げ

いよいよギブスが取れる日がやってきたが

ギブスを巻いていた足は筋肉が全て落ちてしまいゴボウの様になってた。


しかし、


テルは痛い足にムチ打ちながら自転車に乗り始る。

血の滲むようなトレーニングの結果

信じられないほどの回復力で怪我をする以前以上の実力を身に付け

怪我の3ヶ月後にはツール・ド・沖縄に出走していた。


漫画の中の世界の話しで

普通ならあり得ない状況だ。。


しかし


俺はこれと全く同じ様な事を経験したことがある。

不思議なくらい同じで。。。


それはシャカリキ連載が始まる数年前のことだ。

テルは自転車、俺はクライミングという違いはあるが。。。


なのでシャカリキを読みテルのこの頑張りを見て

自分の体験と重なっている昔を思いだし胸が熱くなってきた。


他の人から見れば異常とも思える現在の俺のトレーニングに対する意識は

これから紹介する山での事故がきっかけになっている。。


それはもうかれこれ20年ほど昔の話しだ。

当時、俺は山を始めたばかりの頃で

今の自転車のようにクライミングが楽しくてしかたがない時期だった。


岩や氷も少しは登れるようになってきて

自信過剰になりで調子に乗っていたとのだと思う。


ある2月の-20℃にもなる寒い日に

無謀にも自分の実力以上のアイスクライミングの上級エリアに登りに行ってしまった。


順調に約50mの凍結した滝を登っていたときのこと。

ちょっとしたミスで約10m墜落してしまった。


ザイルがあったので地面に叩き付けられることなかったが

アイゼンがひっかかった衝撃で左足首を骨折。


当然、歩くこともできない。

歩けないと言うのは冬山では致命的なのに

そのときは冬山で遭難して死ぬかもしれない

と言う意識は全くなく

「この時期に骨折をしたら冬山シーズン、春山シーズンの一番楽しい季節を棒にふってしまう」


と言うことが最初に浮かんできて

足首が痛いことより悔しさで頭がいっぱいだった。


当然、歩くことは出来ないので

普通なら救助隊を呼ぶのだが

呼んだら遭難事故になってしまうし

他人に担いでもらうなんていう事は

屈辱的でそのときは絶対に嫌だった。(笑)


なので意地でも救助は呼ばず

痛みを堪えて何時間もかけてはいずりながら自力で下山した。

そして片足で車を運転して帰宅した。


今じゃこんな無謀なことは絶対にやらないけどね。(笑)


翌日、病院に行くとすぐに膝下までギブス固定。

松葉杖なしでは歩けなくなった。


ギブス固定にリハビリ期間を入れると最低2ヶ月はまともに動く事はできない。

その間に仲間はガンガンとクライミングに行き

どんどん実力に差がついてしまう。


そう考えるといてもたってもいられず

病院を出たその足でトレーニングジムへ向かっていた。


「足は使えないが上半身なら使える」


ギブスが外れるまでは上半身を鍛えて


「いつでもクライミングに復帰できるようにしておこう」


そう思ってその日からほとんど毎日松葉杖をつきながらジム通いがはじまった。

おかげでギブスが取れる頃にはクライミングのための筋肉がすっかり出来上がっていた。


その後、


約1ヶ月強でギブスが取れた。

足の筋肉はすっかり無くなり見るも無惨な状態。

だが、これでやっと不自由なギブスから解放された。


今度はギブスが取れたその足で

病院から丹沢の岩場に向かった。


足首は完璧に固まってしまっているので曲がらないし

痛みがあるので岩を登る時には片足しか使えない。

というか全くまともに歩けない状態だが。。。(笑)


しかし


ジムで鍛えた上半身で足をカバーしながら

簡単な岩場を登りきったときには

嬉しくて涙が出てきたのを覚えている。


テルが二番坂を登りきった時の気持ちがよく分かる。


リハビリは病院でじっくりやるのが普通だが

俺には一ヶ月半後に計画されている山岳会の合宿で

日本屈指の山である剣岳でクライミングをするという目標があった。


このクライミングに行くためにはクライミングギアやテントなど40kg近い荷物を背負って

4~5日間行動しなければならない。


元気なクライマーでもしっかりとトレーニングを積まなければ登れない山だ。


ギブスを外したばっかりの俺が

一ヶ月半後にこの山行に参加するためには

普通のリハビリをしていてはどう考えても絶対に間に合わない。


それなら痛みを堪えて自分でリハビリをやって


「絶対に合宿に参加してやる!」


そう心に決めた。


病院でのリハビリには一切行かずに

ギブスを外した日から松葉杖を捨てて

痛い足首を曲げ、時には転びながら自分の足だけで歩き始めた。


自分の足で歩けるのは何て素晴らしいことだろう。

元気なときにはこんな事は思ったこともなかったのに。


重い荷物を背負って歩くためには

筋肉が無くなったゴボウの様な足に筋肉をつけなければならない。

毎日ジムに通ってエアロバイクで足腰を鍛えなおした。


そして当時流行り出していたATBとかいう自転車を購入。

これで休みのたびに走りに行くと

あれだけ細かった足にも少しずつ筋肉がついてきた。


しかし


足首はまだまだまともに曲がってくれない。

それなら無理矢理に曲げて足首の可動範囲を広げてやろう。

色々と考えた結果


びっこを引きながらでも沢登りに行くことに決めた。

整備された登山道と違って

沢登りでは河原を歩くため頻繁に岩の傾斜に合わせて足首を曲げなくてはならない。


そして次から次へと出てくる滝を登る事もできるし最高のリハビリ方法だ!(笑)

と自分ではそう信じていた。(笑)


こんな調子でリハビリを続けた結果

あれだけ細かった足にも筋肉がつき

痛いながらも足首が曲がるようなって

合宿の前までには重荷を背負って山を歩くことができるようになっていた。


そして挑んだ合宿では

山岳会の先輩達をガンガン追い越し

パーティの先頭で鬼曳きしている俺が剣岳にいた。(笑)


みんな信じられないと言った顔をしていたのが忘れられない。(笑)

俺は骨折する前から更にパワーアップしていた。


この山での事故が俺にとっての人生の転機だと思っている。


あの事故以来、クライマーとして一番必要な

山に対して謙虚な気持ちを持つことができるようになったし

どんな逆境にでも立ち向かえばなんとかなるという自信もついた。


この事故のおかげで以後の人生が変わったと言っても過言ではない。


仲間は何人も遭難死してしまったと言うのに

俺は山で何度も危機一発の状況に遭遇しながらも生き残ってきた

山以外でも色々とあったし自転車での事故もそうだ。


とにかく何事に対しても謙虚な気持ちを持って一生懸命努力すれば

必ず結果はあとからついてくる。


そういう信念を持って俺は今でも止まることなく走り続けている。

俺は回遊魚と一緒で止まったら死んでしまうから。。。(笑)


レースに例えるが人生も同じだと思う。


表彰台に最高の笑顔で一番高い所に立てる人は

それまでの過程で誰よりも一番苦しい顔で努力してきた人だ!!


と俺は思っている。


ではでは~!(^-^)/